親日と反日
日本統治の長い時代を経験した韓国と台湾ですが、よく言われることに、台湾は親日的だが韓国は反日感情が強いということがあります。それはどうしてだろうということで、現代の日本でもいろいろと議論があります。
日本の終戦直後には、日本に支配されていただけで日本と戦ってはいない国ということで、いわゆる「第三国」というのが、韓国と台湾だったわけです が、日本が敗戦したと決まってから、日本国内には朝鮮半島からの人々と、台湾から来ていた人々が、急に日本人に対して横暴な態度をとったということがあり ました。
中でも密かに語り継がれているのが、主に朝鮮半島からの人々による日本人や日本の警察官までをも対象としたリンチ事件など、多くの暴動です。違法な 行動であれば正しかったはずはありませんが、それをひとつの重大な現象と見た場合、どうしてそんなことが起きたかと考えれば、そこにはやはり、それ以前か らの日本人に対する不満や憤りが強くあったと見るべきでしょう。
さらに遡って、関東大震災のころからすでに、いわゆる朝鮮人差別という問題がありました。そもそもそのような差別感情がなぜ発生したかという問題を 考えなければならないのですが、それは、韓国を併合して韓国人にも日本人になってもらおうという日本の政策がまずありました。そこには韓国人と日本人との 民族性がとても近かったということがあって、それによって一層際だった異質さというものを日本人は感じてきたはずです。
一方の台湾人は、韓国人に比べたら、民族的にはより遠い感じを受けます。また台湾は併合というよりも植民地でしたから、台湾人は「二等国民」とされて、日本人一般とは身分的にも一定の距離がありました。
それに対して韓国人とはそれほど距離を保たなかったわけです。距離を保たないということが、日本人との平等につながっていれば良かったのでしょうけ れども、実際には違いがかえって際だってしまいます。その結果が、強調されて見える異質感となり、それが差別感情につながった。どうやらそう見てさほど間 違いではないのではないかと思います。
「お前は異質だ」「あなたは異質だ」と常に思われて一緒に暮らせば、誰でも精神的に居場所を失います。家庭に居場所を失えば子供は非行に走ります が、日本支配の国土と、海を渡ってきた日本の地にあって、どちらでも「異質だ」と思われたら、民族全体として、その支配者である日本を恨み、追い出したく なるのは当然です。
私たち日本人というのは、島国のせいもあってか、異文化の異質さを、違って当たり前とは考えられないところがあります。それははっきりと日本人の国民性として、欠点だと見なければなりません。
例えば筆者の周囲でも、近隣の国から日本に移り住んできて、一般の日本人から、「あなたは日本人のようだ。」と言われていやな思いをしたという人がいます。
日本人が外国人に向かって「あなたは日本人のようだ。」とか「あなたは他の日本人よりもよっぽど日本人らしい。」という時、それは日本人の側からす れば明らかに褒め言葉なのですが、そう言われた外国人にしてみれば褒め言葉でも何でもありません。外国の人が日本人から、「日本人らしいということこそ が、人間にとって最も素晴らしいことなのだ。」などと言われたら、自分の国の文化や国民性を否定されたことになるからです。
ところが私たち日本人はそんなことには気づかず、どこまでも善意に満ちて、「あなたは日本人らしい。」と言って、韓国人や台湾人を「褒める」わけです。韓国人や台湾人の側からしたら、時にはそれが侮辱となり、差別となってしまいます。
日本的なヒューマニズム(人道主義)をもって、そのような善意を大いに発揮してきたのが私たち日本人だとすれば、私たちは善意によって、重い罪を犯してきたことにもなります。
韓国人が反日的であるということは、以上に見たような原因が昔からあったということと、さらに戦後の国策として日本を敵と見なして一致団結してきた面もあるということ。その両方の原因によって、韓国はなかなか親日的にはなってくれないということではないでしょうか。
台湾は、先に述べましたように、もとから日本人と一定の距離を保ってきたことが大きいと思います。距離を保っていれば、互いに違って当たり前ともな りますから異質さがさほど際だって感じられません。親しい友人関係でも、同居していたりすると互いにいやになりやすいものですが、一定の距離があれば互い の違いを違いとして認め合うことも比較的容易になります。
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