2008/11/9 日曜日

「相互理解」で理解すべきことは?

カテゴリー: 日本の近代史 — admin @ 1:49:03

日本は明治維新以降、西欧列強となんとか肩を並べようと必死でやってきました。それには江戸時代からの、公衆道徳や高い識字率が大いに役に立ってい て、明治になるよりも前からすでに、世界に誇れる社会を築いてきていたと見ることができると思います。いろんな面で、日本は優れた社会と個人から、強い国 家を建設するだけの強さをもっていたわけです。

もちろん同時に欠点も併せ持ってはいましたが、総じて強く、総じて様々な水準が高かったというのが私たちの日本です。

一番の強さは、何をやるにしても反省材料を得やすいよう、論理的判断を大事にすることかもしれません。単に場当たり的なその場しのぎの考え方は嫌っ て、ものの道理というものに長じることや、人から信頼される嘘のない生き方を尊ぶところは、他のどんな国にも負けない日本の美点ではないでしょうか。

そのように、確かな美点、間違いない強さというものを、大昔から日本人はもっていました。

アメリカでは、大震災などありますと、壊れた商店などから物を盗む人が大勢出て困るようですが、日本ではそのようなことはほとんどないといわれてい ます。自然災害を常に経験してきた智慧からの行動でしょうけれども、大きな被害が出ればみんなで助け合うというのが日本の当たり前です。

思えばこの「当たり前」が優れているとも言えるのかもしれません。その優れた「当たり前」については、日本の人々は特に口にするでもなく、また、それを法律とするでもなく、みんながわかっている暗黙の前提としてきたわけです。

ところが明治以降、台湾を植民地とし、朝鮮半島を併合し、また中国各地や南方の国々へも進出していって、文化も言葉も違い、「当たり前」も大きく異なる人々と一緒に暮らさなければならなくなりました。

来てくれといわれて行ったのではなくて、日本が一方的な「善意」や「策略」で出かけていったのですから、「郷に入っては郷に従え」といわれる通り、 アジア諸国それぞれの当たり前を学んでそれに合わせれば良かったんでしょうけれども、私たちの父祖は日本の「当たり前」こそが本当の当たり前であって、ア ジア諸国の人々の生き方や考え方には問題があると考えました。

当時の新聞を読んだり、雑誌や小説を読んだりすると、上記のことが事実であるとわかると思います。

まあ確かに、災害で助け合えるぐらいですから、日本の当たり前は優れていたのかもしれませんが、だからといって、外国の人々を軍隊で支配したよそ者 が、町のあちこちで現地の人々に「馬鹿野郎!」と怒鳴りつけて良いはずもありません。それより先にやるべきことがあったはずです。

やるべきこととはつまり、まずは説明することだと思います。どうしてそれがいけないことか、どうしてそうするのが正しいか、良い悪いの基準はどこに あるかといった、日本人の美点を外国人にもわかるよう論理的に体系化して学問とし、法律とすることでしょう。何よりもまず、それがしっかりできていなけれ ば、現地の人々をいきなり叱りつけるなんてことはできないはずだったんです。原則がどこにあるか、その原則に照らして、その行いはどう判断されるか、審判 されるか。そういった原則こそがなによりも重要で、原則の周知を徹底してこそ、支配者も被支配者も同じ原則で、共に納得して裁かれることも可能になるわけ です。

もちろん日本もそれをやったと、一部の歴史学者は主張するかもしれませんが、私たちの父祖がそんなに論理的な人たちだったとはちょっと思えません。 諸外国で現地の人々に嫌われたのは、一部の官憲などの権力者たちです。乱暴な物言いで、現地の人々をいたって低く見ていた日本人です。

いつの時代にも、文化の異なる外国人と付き合っていくには、互いの原則がどこにどうあるかを理解し合うことが必要です。「相互理解」と口で言うのは得意でも、いったい何を「理解」すべきなのか、実は全然わかっていないというのが常だったりします。

何を食べるか、どんな歌を歌うか、どんな家に住んでいるか・・・。もちろんそれも「理解」の対象かもしれませんが、共存していく上で必要な知識としては、どれも表面的なことでしかありません。

本当に必要な理解とは、どんなことを笑うか、どんなことに怒るか、どんなことを誇りにしているか、どんなことを恥と感じるかといった類の、民族や文化の根幹部分にある精神面の理解でしょう。それが理解できなければ、戦前から続く不幸な衝突がなくなることはないでしょう。

2008/11/2 日曜日

取り返しのつかぬ過ち 『オモチャ箱 シリーズ第3話 絵本1936年』

カテゴリー: 日本の近代史 — admin @ 10:17:34

まずこちらをご覧いただきたいと思います。

YouTube にある 『オモチャ箱 シリーズ第3話 絵本1936年』

昭和11年(1936年)J.O発声漫画の制作による『オモチャ箱 シリーズ第3話 絵本1936年』なる動画作品である。

見終わって暗澹たる気持ちに陥ったのは筆者だけではあるまい。

まず、作品の質において甚だ水準低し。企画、構成、キャラクターデザイン、アニメーション技術、声優に至るまで、作品それ自体としては見るべきものなしと判ぜられる。

しかしながらこれを8年後公開の昭和19年(1944年)『桃太郎 海の神兵』に至った国家的価値観の根源と見るならば、資料価値としてかくも得難き資料も比類なきものと得心せるものである。

いささか怪しい戦前調の文体はこれくらいにして、以下は普通に書くことにします。

南の島、これは『桃太郎 海の神兵』においても重要な舞台として使用された日本軍の占領地です。その地において、現地住民を意味する動物たちなどに、「日本文化」をもって歌や踊りを楽しむ風景が、さも当然のこととして展開します。

ここにこそ、私たち民族ならぬ私たち日本国の主権者がかつて到達した国家主義的思想に基づく疑いなき善意と、他民族・他文化にとって迷惑甚だしい人道主義を垣間見ることができるわけです。

国家主義、軍国主義という思想は、私たち日本人の生活や経験とは無縁のものであることに注意しなければなりません。さらに言えば、あらゆる「思想」が、人心を生活道徳から乖離させる元凶となりうる危険なものであることも認識をおくべきところでしょう。

かつて私たちの父たちや祖父たちは、その認識を持たなかったというのが事実であろうと考えるところです。そのような無意識、そのような「人道主義」によって、「思想」を尊きものと信じて疑わぬ少年たちを育成してきたことは、大日本帝国最大の過ちであったと見ることに異論はないはずです。

「大日本帝国」とは即ち、上記のように、私たちの素朴な心に、その生活とは無縁の価値観や慢心をもたらすための「思想」そのものであったともいえるのではないでしょうか。

戦後継続して行われてきた謝罪外交とは、かつての植民地支配や侵略といった、形式に対するものであってはならないと考えます。 形式や、行為そのものではなく、その行為・形式に至った「思想」こそが、異文化に生きる人々への迷惑の根源だったからです。

よりわかりやすい概念として、共産主義、社会主義、そして帝国主義といった思想は、問題が多すぎるために否定されているというのが、現代、世界の常識ですが、もし私たちの国において、日本の周辺諸国に対する優越感を自ら疑うことのない無意識的「思想」が生き続けているとすれば、私たちはそれを意識の表に引き出し、議論の俎上に載せて、真に有効な改善へと歩むべきではないでしょうか。

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