2009/1/24 土曜日

サフランの香り

カテゴリー: 文化の違い — admin @ 12:06:50

アメリカやヨーロッパに行ったことのある人は経験があると思いますが、人々に匂いがあって、日本ではない、外国の空気だと実感します。匂いは主に体臭だと思われますが、体臭は食べているものによっても違ってくるようで、またそれを隠そうとするための香水・コロンによっていっそう日本との違いが際だって感じられます。

筆者の家にはこれまでに、台湾人(筆者の子供たちも半分は台湾人の血統ですが) 、中国人、インド人、イギリス人、韓国人、バングラデシュ人、ベトナム人、タイ人、フランス人、フィリピン人、ドイツ人、アメリカ人などが訪れており、中にはしばらく泊まってくれた人たちもいます。

日本人のお客さんが来るときももちろんそうなんですが、いつも心配になるのは我が家は臭くないだろうかということですね。

「臭くないですか?」

と、直接聞いたことはほとんどないんですが、基本的に「きっと臭いはずだ」と思うことにしています。

特に飛行機で遠くからはるばる来てくれたイギリス人の年配者がふたり、ちょうど1週間ぐらい泊まっていってくれた時には、おそらく我が家の匂いは強烈だったんじゃないかと想像しています。彼らのうちひとりはもはや筆者の親友でもあって、長年にわたってメールなどで(英語で)連絡を取り続けていますが、なかなかその点について聞いてみる勇気はありません。

なぜ強烈だったろうと思えるかといえば、彼は自分の泊まっていた部屋にコロンをいっぱいまいてすごい匂いにしてくれたということがひとつ。もうひとりの人は部屋にコロンなどまきませんでしたが、我が家に滞在中は不眠に悩んでいました。いろんな音がするからとは言っていましたが、匂いもあったはずです。

筆者が海外で臭かったところといえば、台湾の屋台料理などもすごいのがありますが、筆頭は延べ3か月ほどいたことのあるフランスのパリで、メトロ(地下鉄)(のパレロワイヤル駅だったかと思いますが)などは下水の匂いが充満していてたまりませんでした。やはり排泄物の匂いはこたえます。パリではほかにも臭いところがけっこうありまして、パリジャン・パリジェンヌたちというのは、こんな匂いの中で暮らしているのかと思ったものです。

もっとも長期にわたって滞在した「ホテル」は、リュクサンブール公園近くの安宿で、長逗留の人向けの下宿屋みたいなところでしたが、1泊わずか25フラン(当時700円ぐらい)のその部屋が幸運にも空いて住み始めた当初は、なんだか変な匂いだなあと思いました。なんの匂いなのか、それは皆目わかりませんでした。

日本で嗅いだことのない匂いというのは、どうやら主に食べ物に原因があるのではないでしょうか。海外から来た人たちからも、日本の魚や味噌の匂いがだめという人は少なくないようですが、例えば台湾なら、香辛料の八角や、香菜(コリアンダー)の匂いが気持ち悪いという日本人も少なくありません。

日ごろよく食べている食品が発する匂いは、家庭の台所の匂いになります。またそれは、排泄物やおならの匂い、そして体臭にも関係がありそうです。もちろん、そうした匂いにならない食品もあるでしょうけれども、しっかり匂いに反映される食品もあるからです。

昨夜は久しぶりにタジンを作って食べました。タジンというのは北アフリカ地中海と大西洋沿岸のモロッコ王国の定番料理で、筆者がかつて1か月ほど滞在したときに、すっかりその虜になってしまった世界的においしい料理です。

タジンを簡単に紹介しますと、たっぷりのオリーブオイルで炒めた肉(羊肉や子牛肉、鶏肉などのいずれか)を、じゃがいもやナスなどの野菜とともにトマトで煮込んだものです。味付けは肉を炒めるときの塩コショーで、煮込むときにサフランを使います。

サフランというのは、ごく微量でもびっくりするぐらい値段の高い香辛料で、日本ではスペイン料理のパエリアなどに使われます。黄色く鮮やかに色のついたサフランライスでご存じの方も多いでしょう。

昨夜は一番安い鶏のもも肉を使いましたので、材料のうちで一番お金がかかったのがサフランでした。1グラムも入っていないような分量の1ビンで、千円近くします。 その1ビンを全部使って、かなり大量のタジンを作ったんですが、これがすごい香りを発します。

普段は魚や味噌の匂いがメインの我が家の台所が、まるで遠い外国のような匂いになりました。まだたくさん残っていますので、一晩経ったらそれが家中に充満しています。また、サフランの薬効作用でおならがよく出るんですが、なんだかそれまでもサフランの匂いがするようです。

サフランは極めて芳香ですから、排泄物にサフランの香りがつくならけっこうなことかもしれませんが、これを普段の和食以上に頻繁に使うようになれば、我が家は日本の匂いではなくなってしまうこと、間違いありません。そしてさらに、我が家全員の体臭までもが変わってしまうことでしょう。

外国人の匂いというものも、きっとこのような原因があると思います。そしてそれは私たち日本人の匂いについても同様です。

隣にインド人やバングラデシュ人が住んでいる日本人から、匂いがきつくてたまらないという苦情もあるようですが、食べ物が違えば家全体が異様な匂いになるわけです。インド人やバングラデシュ人にとっては、日本の味噌などの匂いはとてもきつくて、なかなか我慢できないということもあるようですから、日本人と隣り合わせたら、お互いに匂いと匂いで火花が散るでしょう。

サフランについては、ウィキペディアに詳しい説明があります。多量に摂取すると死ぬこともあるそうですから、使用量は控えめにするのが良いようです。

→ ウィキペディア「サフラン」

2009/1/20 火曜日

表記のしかたについてのメモ

カテゴリー: 表記・表示 — admin @ 13:54:02

日本で暮らしていると当たり前だと思うようなことでも、海外からのお客様にはちょっと通じないということがよくあります。

今回のメモは、「M」という文字の使い方です。数字の後ろにつく「m」といえば、いうまでもなく「メートル」ですよね。

「5M」=「5メートル」

「100M」=「100メートル」

ところが、日ごろ英文に接しておりますと、「5M」=「5百万」であることが多いようです。 「メートル」ではなくて「ミリオン」の略だというわけです。

「5M」=「5メートル」 というのが通じる国と通じないかもしれない国とがあると考えれば、「M」という略し方をやめて、英語なら「metres」というように、ちゃんと単語として表記する必要が出てきます。

もちろん、単語の意味は複数あるのが普通で、いくつかの意味の中からひとつの意味に特定するには「文脈」というものが必要です。「M」にしても、文脈さえあれば、それが「百万」なのか、「メートル」なのかがわかります。

世界の価値観に大きな変化が訪れる年になるでしょうか。

カテゴリー: 海外の事情, 経済危機 — admin @ 9:20:18

きょう2009年1月20日は、アメリカ合衆国大統領の就任式(Inauguration)の日です。

衣食足りて礼節を知るといいます。人種問題にもそれは大きく関係しているようで、白人の、特に裕福ではなく、特に取り柄のない人々にとっては、自分 たちが優れているとすればそれは白人であることであって「有色人種」ではないからだという思想に頼ることは、ひとつの安易な生き方として、まだ根強く残っ ていたりします。これが人種差別主義の本質ではないでしょうか。

かつて大ブレークしたアメリカのテレビドラマ『ルーツ』では、マーロン・ブランド演ずる白人至上主義者が「黒人にある知性は全て白人との混血のおか げだ」という発言をしました。まったくひどい話ですが、黒人には知性がなく、事実IQが低いというような、大いに怪しい統計も、ごく一部の人々に支持され ているようです。

「これこれこういう事実がある、だから自分たちの主張は正しい」という論法はどこにでもありますが、その「事実」は、主張を正当化するために用意さ れたものであることがよくあります。「用意された」というのは、その「事実」を必死に探し求めて、なんとか見つけてきて、その「事実」だけを大きく取り上 げることです。しかもその「事実」は、全ての人に認められる真実とは限らないのです。

きょう、バラク・フセイン・オバマ・ジュニアという名の、アフリカ人の血を引く新しい大統領が就任するわけですが、この事実、つまり黒人がアメリカ大統領となりその4年の任期を務めようとしているという事実には、どこにも異論の差し挟みようがありません。

志のある黒人の先駆者たちが公民権運動に命を捧げてきましたが、オバマ大統領の就任が、その流れの延長にあるのかどうかはよくわかりません。とはい え、黒人が常に味わってきた劣等感を払拭する大きな契機となるのは確かでしょう。ここに大きな価値観の変化が訪れることは間違いないと思われます。

また北米大陸では、アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国による通貨統合があるという噂もあります。オバマ大統領が就任式でそのことに触れるのではないかとも噂されています。

アメリカドルという、世界の基軸通貨がその地位を退いて、新たな経済の枠組みに加わるということがもしあるとすれば、それも大変な価値観のシフトとなるのかもしれません。

噂は噂であって、実際どうなるのかわかりませんが、百年に一度といわれる経済危機によって、新しい価値観を作り出さないではいられない状況にあるのは確かでしょう。

2009/1/10 土曜日

思想の違いについて。

カテゴリー: 文化の違い — admin @ 19:31:04

政治思想による対立といえば、かつての東西冷戦ですが、現在の南北韓国の対立も、そもそもは政治的な対立であり、政治的な支配権が二手に分かれての 対立でした。今では単に北朝鮮(北韓国)の、政権というより王朝とでも呼ぶべき世襲制の独裁政権が、韓国や米国のみならず世界の多くを敵に回してまで頑な にその姿勢を改めようとしないことで対立が続いています。韓国の側としてみたら、言語や文化を共有する同じ民族ということでいくらでも親近感が持てるんで すが、北朝鮮の独裁政権がそれを許しません。韓国は民主国家としていつでも北朝鮮との対話を歓迎する用意があるわけです。

民主主義が当たり前の世の中に暮らしておりますと、なにが悪いといって、民意を無視したり民意と対立したりする政治が悪いのは明らかであると誰でも知っています。

ではどうしてそのような対立が起きてしまうのか、簡単に結論をいえば、それは思想であるということになります。

かつての日本も、帝国主義という思想に支配され、万世一系の皇室伝統を神聖で冒してならないもの、絶対的なものという思想をなによりも大事にしておりました。ここにも周辺諸国との対立の大きな原因を抱えていたわけです。

現代でも皇室を大事にすることは国民の総意となっておりますが、これをもって諸外国から訪れる要人に対して、天皇陛下が一番偉くて、外国の元首や大 統領はそれと対等ではない、それ以下だ、というような思想をもって外交をやっていたら、日本は世界中から嫌われてしまいます。ですから、とにかくそんな 「思想」は決して表に出さないことというのが重要になってきます。

中東では、年末からガザ地区へのイスラエル軍の侵攻とハマスの抗戦が続いています。イスラエル軍というのは、パレスチナ人であれば女性や子供でも殺 すんだそうで、それに対抗するためにパレスチナの女性がお腹に爆弾を巻いてイスラエルのバスを爆破するという、かつての神風特攻隊のような自爆攻撃をやっ ています。今のハマスはロケット弾を撃ち込んでいるそうですが、そのような自爆攻撃は「テロ」とされ、アメリカのブッシュ政権などもパレスチナを非難して イスラエルによる女性や子供の殺戮は養護してきました。

いよいよ今月20日からオバマ政権が始まりますが、まさかブッシュ同様にイスラエルを一方的に支持するといった態度は取らないだろうと世界が期待を寄せています。

ともかく、こうしたイスラエルとアラブ諸国の対立も、思想の対立です。ただし東西冷戦のような政治思想の対立ではなくて、宗教思想の対立ですね。

古い方から見れば、まずユダヤ教という宗教があります。ユダヤ教は旧約聖書の内容で理解することができますが、語弊を恐れず要約すれば、イスラエルの民だけが神に選ばれた良い民であるという思想、ということになるでしょうか。

それに対してイスラム教というのは、ムハンマド(マホメット)という人が始めた宗教で、この人は自分の宗教思想を広めるために戦争をやってきた人で すね。イスラム教には穏健派の人たちも多く、必ずしも好戦的ということはないんですが、その宗教の源流を見る限り、自分たちの宗教的な立場を守るためには 異教徒を殺すことも辞さないという思想がはっきりと存在します。

ちょっと科学的な物言いを許してもらうなら、仮に神というものが存在するにしても、特定の個人を選んで神の代役や使者を務めさせるということを神がするものなのかどうなのかという疑問があります。

人間は誰でも不完全な存在であることに異論はありませんが、人間が不完全であるのなら、特定の誰かが周囲の人々から完全な存在と認められて神格化さ れるということもあるでしょう。宗教の興りには、そのような神懸かり的な人格が存在したということでもあるんだろうとは思います。しかし、人間は人間で あって、神様ではありません。神様ではない人間の言葉を記録して、これが神様の言葉だと考えたり、信じ込んだりすることがありますが、それこそが思想なん ですね。

思想が世界中で等しく共有されれば、それはそれで世界は平和に治まるのかもしれませんが、有史以来を見る限り、そのような例は一度としてありません。どんな思想でも必ず対立を生んできました。

人類共存の最大の敵というものがあるとして、それを一言でいうなら、対立そのものであるということもできますから、対立の原因を作り出す物事の全てが、人類の敵であったり、敵となりうるものであったりすると見ることに間違いはなさそうです。

そんなわけで、思想は常に対立の原因であり、共存に反する危険な代物でありうるというわけですね。

ですから、世界の人々と共存して暮らすために必要なこととはつまり、対立を避けること、共感を持ち、増やすことであるということになります。そのためには、特定の思想に固執したり、特定の思想や文化を排除したりすることだけは、なんとしても避けなければなりません。

日本と違って他民族、他文化共存で成り立っているアメリカ合衆国などには、そのあたりの経験と知恵がふんだんにありそうです。もっとも治安は日本の 方が良かったり、アメリカにもいまだに人種差別主義という思想が一部に残っていたりもするようですから、アメリカが完成された形であると見ることもできま せんが、きっとたくさんの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

2009/1/7 水曜日

イギリスの王室と日本の皇室。そして韓国や中国の正史(=独自の歴史観)。

カテゴリー: お国事情 — admin @ 23:11:30

イギリス(United Kingdom)という国は、早くから成熟社会と自他共に認められる王国です。筆者にもイギリス人の友人知人が少なくありませんが、彼らと接していると、日本も成熟した先進国ということにはなっているけど、イギリスに比べればまだまだだなと思わされることが多々あります。

ひとつひとつについて詳しく話し出すときりがありませんので、ほんの少しだけ、例を挙げてみたいと思います。

例えば「出生地主義」という国籍に関わる法律の取り決めです。

日本では、外国人が日本で出産しても、その赤ちゃんに日本国籍が与えられる条件とはなりません。つまり、日本で産声を上げたからといって、日本人になれるとは限らないわけです。

それがイギリスやアメリカでは、国内で生まれた子供には国籍が与えられます。

もちろん、親の国籍を選択することもできますから、その子がイギリス人やアメリカ人になるとは限りませんが、イギリスやアメリカでは、国内で生まれた子供に自国の国籍を与えますよという法律になっているわけです。

日本では、皆さんもご存じの通り、そのような「出生地主義」の法律はありません。日本人の父親の子にもなかなか与えられなかったわけですが、最近やっと、(これもまだいろいろ問題はありそうですが)父親が認知すれば日本国籍が与えられるようになりました。

出生地主義のすごいところは、親が子供の国籍を選べるところです。例えば、フランス人やポルトガル人が、自分の子供をイギリス人にしたいと考えたら、とりあえずイギリスに住んで、そこで出産すればよいわけです。

実は、イギリスも含めたヨーロッパの王室というのは、あちこちの国の王室が、他国の王室と親戚だったりもします。

そんなイギリスの王室、エリザベス女王ですが、イギリスの王室のすごいところは、歴史学に照らしてまったく作り話や歴史のねじ曲げがないところだと思います。

まず、イギリス国歌は、「女王陛下に神のご加護を」というやつですが、イギリス国教のトップにある女王が、ちっとも神聖な存在とは思われていないんですね。

まずそこが、日本の皇室とは大きく異なります。

日本で皇室を神聖なものとして祭り上げたのは明治維新なんですが、皇室の「歴史」とされているものには、神話が含まれています。

ヨーロッパで「神話」といえば、ギリシャ神話、ローマ神話など、これは明らかにお伽噺か何かだろうというような内容です。というと言葉は悪いかもしれませんが、要するに科学的でないということです。歴史学、社会学、人類学・・・その他に照らして、ちっとも普通ではないとういうことですね。

同じように、日本の神話も不思議なお話ですね。なにしろ生物学的にあり得ないような生き物だって登場するんですから。

「8つの頭と8本の尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤で、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、8つの谷、8つの峰にまたがるほど巨大」(タマタノオロチ)

中国や韓国の歴史観が、歴史学の立場からは正確ではないということを以前にも書かせていただきました。現政権に都合の良い事実を採用し、また誇張して、都合の悪い事実については削除するという歴史観は、しばしば「捏造」という言葉をもって非難の対象ともなっています。

しかしそれは「捏造」という悪い概念で考えるのではなく、「正史」という、中国の歴代王朝がずっとやってきた、政権独自の歴史観というものであるということを書かせていただいたわけです。

一方で日本という国家は、明治政府以降の、天皇陛下をトップとする体制で成り立っています。

対米戦争で降伏して以来は、「大日本帝国」から「日本国」となり、天皇陛下の位置づけも「国民統合の象徴」ということになり、絶対君主ではなくなりましたから、戦前と戦後とでは政治体制が変わったことにはなりますが、国家体制自体はほとんど変わっていないんですね。

そしてこの国家体制を支えているのが、皇室の伝統です。その伝統は「神話」をもとにするものですから、決して歴史学的に正しい史実に基づいたものでなないのです。

このように、歴史学では説明できない、あるいは否定せざるを得ない「正史」というものが、私たちの日本にもあるわけです。

そのようなわけで、日本の「正史」が中国や韓国の「正史」と違うのは、ただ単に、国家体制が古いか新しいかの違いにすぎないとも見ることができます。

日本の国家は明治以降で100と数十年。さらに皇室そのものは2600年を優に超えているという「神話」によります。

中国や韓国は、それが戦後から始まっていますから、まだほんの数十年です。中国の毛沢東も、北朝鮮の金日成も、神格化されることがあるとはいっても、日本の皇室ほど現実離れした「神話」はありませんから、あくまでも人間であり、人類の歴史上、数ある偉人のひとりにすぎないわけです。

一方で、日本の天皇陛下というのは、偉人ではありません。もっと神聖視されることが多いというのが事実です。

というように見てきますと、日本も、中国も、北朝鮮も韓国も、どこも等しく、歴史学に照らして正常なる歴史観をもっていないことになるんですね。

以上の事実を踏まえて、イギリスという国を見てみますと、イギリスの王室には、歴史学者が否定するような「神話」はありません。

むしろもっと人間臭い歴史があるばかりです。

そもそもカトリックを抜けて英国国教になったのは、王様が離婚したからです。離婚を禁じているローマ法王庁との対立があったために、カトリックを脱退するに至ったんですね。ウィキペディアの記述を引用してみましょうか。

–引用開始–

ヘンリー8世はルターの宗教改革を批判する「七秘蹟の擁護」を著した功で、教皇レオ10世から「信仰の擁護者」(Defender of the Faith)の称号を授かるほどの熱心なカトリック信者であったが、後にキャサリン王妃との離婚およびアン・ブーリンとの再婚を巡る問題から教皇クレメンス7世と対立。側近であるトマス・クロムウェルの補佐を受け、1533年には上告禁止法を発布し、イングランドは帝国であると宣言し、教皇クレメンス7世に破門された。1534年には国王至上法(首長令)を発布し、自らをイギリス国教会の長とするとともに、ローマ・カトリック教会から離脱した。

Wikipedia日本語版より)

–引用おわり–

イギリスの王室の歴史というのは全体にこの調子で、なにもかもあからさま、あけすけになっています。つまり、歴史学者が首をかしげるような「神話」もなければ、日本や韓国にあるような「正史」もないのです。

* * *
(最新ニュース1:漢字を撤廃してきた韓国で、また漢字が見直されているそうです。漢字の読める韓国の子供たちも少しずつ増えているようです。)

(最新ニュース2:チタン製のゴルフクラブは聴覚障害の原因になるそうです。お心当たりのゴルファーの皆さん、耳栓を。)

2009/1/2 金曜日

「ひ」と「し」、さらに「き」の発音。江戸っ子言葉とドイツ語などヨーロッパの言葉。

カテゴリー: 外国語 — admin @ 9:32:50

あけましておめでとうございます。

きょうは「ひ」と「し」の発音について書いてみたいと思います。といっても、江戸っ子言葉の話ではなくて主にドイツ語などヨーロッパの言語の話です。

もちろん江戸っ子も「ひ」と「し」の区別ができないといいます。昔テレビで水原ひろしが「海はしろいな大きいな」と歌っていたのを思い出します。

同じようにドイツでも、「ch」 の発音というのが、人によってとてもやっかいな問題のようです。

筆者にも「Michael」という名の古い友人がいるんですが、フランス国境に近いところに住む彼は「ミシャイル」という発音で呼ばれています。

日本語のかな表記はヨーロッパ諸言語なら現地音によることになっていますが、ドイツ人の「Michael」の場合、通常「ミハエル」とか「ミヒャイ ル」などと表記されます。恐らくその「ハ」や「ヒャ」という発音が標準のドイツ語に近いということなんでしょう。さらにドイツ国内には、これを「ミカイ ル」または「ミカエル」と発音する人たちもいます。

ではいったい、筆者の友人はどうして「ミシャイル」と呼ばれているんでしょう。これには、日本語でも人によっては「ひ」と「し」が区別しづらいことと関係があります。

「し」:舌の前の方で呼気が摩擦する音

「ひ」:舌の後ろの方で呼気が摩擦する音

ごく簡単に説明すれば、「ひ」と「し」というのは、上のような違いになります。そしてドイツ語の場合も、これがおよその違いになります。

「シャ」:舌の前の方で呼気が摩擦する音

「ヒャ」:舌の後ろの方で呼気が摩擦する音

これはどちらも舌を上にそり上げて発音する音なんですが、これをさらに舌の後ろ(一番後ろ)で発音しますと、「摩擦」ではなく「破擦」となって、「カ」の音になってしまうんです。

ドイツの南部に、リヒテンシュタイン(Liechtenstein)という小さな独立国があります。公用語はドイツ語です。このリヒテンシュタインも、ドイツ人によっては「リシテンシュタイン」と発音されたり「リキテンシュタイン」と発音されたりするわけです。

ここにも少なくとも、3つの異なる発音があります。

「シ」:舌の前の方で呼気が摩擦する音

「ヒ」:舌の後ろの方で呼気が摩擦する音

「キ」:舌の一番後ろで呼気が破擦する音

「摩擦音」と「破擦音」というのは、音声学でははっきり異なる分類になるんですが、この場合に限っては、舌の前後どこで音を出すかという違いにすぎません。これは人によって些細な違いでしかなく、また前後のどこか1か所でしか発音できないという人も少なくないわけです。

このような「ch」で表される発音の違いは、ドイツ国内だけでも揺れていますが、さらにドイツの隣国に至れば、「カ」や「キ」で発音するのが当たり前の国があったり「「シャ」や「シ」でしか発音しない国があったりします。

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