2009/7/1 水曜日

世界のしくみが変わりそうな時代

カテゴリー: 日本の現状 — admin @ 22:58:06

ラビ・バトラという予言者であり経済学者でもあるという偉い先生は、「資本主義経済は崩壊する」と、かなり昔からおっしゃっておいでです。ソ連と東欧の社会主義政治体制がまだまだ元気だったころから、「社会主義は崩壊する」といっていてその通りになったというので、「資本主義の崩壊」もきっと起こるだろう、いやそんな馬鹿なことはない、と、いろんな見方があったのですが、ここへきて、アメリカの「ビッグ3」といわれてきた自動車会社が総倒れになり、商売がうまいはずもない国の主導で経営を立て直すというんですから、いよいよこれは来るべきものが来たという見方をする人も多くなってきました。

邱永漢先生はさらに先を仰っておいでで、資本主義どころか民主主義も危ないのだそうです。先生いわく、馬鹿が馬鹿を祭り上げて政治指導者にするのが現在の民主主義で、こんなシステムがうまくいかないのは日本の政治家など見ていれば明らかだろうとのことです。

まあ、そうかもしれません。

政治家で人気が出るのは、国民に対して偉そうな態度を取らない人です。典型的な例が、小泉元首相でしょうか。それに対して人気が地に落ちるのは、偉そうな素振りを見せる人です。福田前首相や、今の麻生総理もそろそろぼろが出てきました。

要するに、「私は国民を尊敬しております。」「私は国民の皆様のために命懸けで働きます。」といった姿勢を見せ続けることができさえすれば、そこそこに高い支持率を維持できるというわけです。偉そうな態度を見せたらそこで政治家としてお仕舞いだという見方もできるでしょう。

政治家に限らないことですが、私たちが「いい人だなあ」と感じる人というのは、決まって偉そうにしない人ですね。特に、途方もない業績があって、正真正銘の偉い人だと誰からも尊敬されるような人が、「私はどこも偉くなどありません。」といって、謙虚ににこにこしていれば、その人への尊敬はさらに集まります。

以上の話というのは、日本人と日本人の問題ですが、これを対外国人で考えてみてもきっと同じだろうと思います。特に、言葉の通じない外国人とのコミュニケーションは、そのほとんどが、態度や顔の表情になってきますから、英語で言うところの「アイコンタクト」が何よりも重要です。実は私たちは、日本人どうしであっても、このアイコンタクトによって、言葉以上に大事な情報のやり取りをしています。

偉そうにする人というのも、その人の目を見ただけでかなりわかってしまいます。記者に囲まれた麻生総理の目つきが、記者さんたちを馬鹿にした様子というのも、その目つきから伝わってくる情報でしょう。特に最近の麻生さんは、目つきが本当に悪くなっているように感じます。

でもそこで日本語が通じれば、目つきの悪いことを色々に言い訳できます。しかしこれが外国人で日本語が通じないとなりますと、もしこっちの目つきが「悪い」と思われてしまったら、もうどんな言い訳もできません。私たちは外国人のお客さんから、目つきひとつで悪人にもなれば善人にもなってしまうというわけです。

思えば、私たち日本人は、日本語の通じる唯一の国民として、日本語だけに依存して生きています。日本語さえ通じれば言葉の問題もなく、どんなことでも伝わりますから、なんでもかんでも日本語でコミュニケーションして暮らしています。さらに「美しい日本語」だとか「日本人にしかわからない」とかいって、自惚れてさえいますから、自分たちの使っている日本語という行為そのものを疑うことはしていません。そのせいか、アイコンタクトという最も原初のコミュニケーション手段をないがしろにしてきてもいるのかもしれません。

政治も、経済も、人間としての本質的なあり方を高めようとするものではなく、言葉に偏重して言葉に振り回され、言葉によってのみ判断するようなことになってきたからうまくいかなくなってきているのかもしれませんね。

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